起業家に伝えたい大切なこと

中小企業が理解しておきたいコーポレートガバナンスの基本

前薗 浩也

2021.07.26

みなさんは「コーポレートガバナンス」という言葉を聞いたことはありますか?コーポレートガバナンスというと「上場企業や大企業の問題でしょう」と考える中小企業の経営者も多いのですが、後述するように、コーポレートガバナンスは非上場の中小企業にとってももはや無視できないものになっています。また、今後上場を目指す場合には必ず理解しておかないといけない内容となります。

コーポレートガバナンスの定義

東京証券取引所が公表しているコーポレートガバナンスコードよれば、コーポレートガバナンスとは「会社が、株主をはじめ顧客・従業員・地域社会等の立場を踏まえたうえで、透明、公正かつ迅速・果断な意思決定を行うための仕組み」です。コーポレートガバナンスは日本語では「企業統治」という言葉で表されます。具体的に「何を統治するのか」「何のために統治するのか」を考えるために、上記のコーポレートガバナンスの定義を分解して考えてみましょう。

株主をはじめ顧客・従業員・地域社会等の立場を踏まえる

株式会社というのは所有経営が分離しています。所有者が株主であり、経営を委託されているのが経営者ということになります。つまり、株主の利益の最大化のために、経営者が会社を経営をするのが目的ということになります。したがって、コーポレートガバナンスを考えるうえで、「株主」というのは重要な要素となります。しかし、会社が継続的に成長していくためには株主だけを見ていては不十分です。株主以外のステークホルダー、具体的には顧客、従業員、地域社会の幸せを考えて、経営しないと企業は持続的に成長出来ない、という考え方となるのです。

透明かつ公正

透明ということは「ガラス張りの経営」のことで、情報公開を徹底して、どのような経営がされているのかを外部から分かる状態にすることです。また、公正ということは「私利私欲は厳禁」、つまり社会正義のことを考えて、「悪いことはしてはいけない」ということを言っています。

迅速・果断な意思決定を行う

これは「透明かつ公正」=「悪いことをしてはいけない」を前提とした上で、「何もしない」というのも厳禁ということを言っています。しっかりとリスクを取って、それに見合うリターンを判断したら、そこは果断に突き進む意思決定をして下さい、ということです
たまに「透明かつ公正」だけを真剣に受け取って、「何もせずに無難に経営者の時代を乗り切って終わる」と解釈している経営者の方がいますが、それは間違いであると考えましょう。

仕組み

仕組みということは上記のような行動を継続的に担保するためのシステムでないといけない、そしてそれこそがコーポレートガバナンスである、ということを表しています。

コーポレートガバナンスを一言で言うと?

コーポレートガバナンスを一言で言うと「経営者を規律づける」ということです。自分を律するということは簡単なことではありませんが、そのためには経営者が経営者本来の仕事を全うできるような環境を整えることが会社の持続的な成長につながります。そのためには、いわゆる「衆人環視の環境」が必要と言われています。つまり、意図的に周囲から見られている、監視されているという状況を作り出すことが大事だと言われています

非上場企業にコーポレートガバナンスは不要?

非上場企業の経営者のなかにはコーポレートガバナンスは上場企業のものであって、自分たちには関係ないと考えている方もいらっしゃるようです。確かに上場企業ではコーポレートガバナンスの導入が義務付けられている一方で、非上場企業には導入の義務はありません。しかし、企業として社会的信用や信頼を獲得するために、中小企業でもコーポレートガバナンスを導入している事例は数多く見られ、日本銀行もコーポレートガバナンスについての報告書の中で非上場企業におけるコーポレートガバナンスの重要性について強調しています

参考:日本銀行 非上場企業におけるコーポレートガバナンス
https://www.boj.or.jp/research/wps_rev/wps_2006/data/wp06j05.pdf

非上場企業においてオーナー一族以外に株主がいるケースやそうでないケースであっても不祥事を防いで社会的信用を高めるという観点がなければ、これからの時代を会社が生き抜いていくのは難しくなります。近年では、社会から企業に向けられる目が厳しくなっているので、中小企業であっても企業統治を進めて、この要請に応える必要があるでしょう。

コーポレートガバナンスが注目された背景

2015年の3月に東京証券取引所より「コーポレートガバナンスコード」が発表されました。これはコーポレートガバナンスに関して、上場会社が従うべき原則をまとめたものです。2016年より適用開始となりましたが、東京証券取引所の発表により、一気にコーポレートガバナンスが注目を集めました

それでは、なぜコーポレートガバナンスコードが発表されたのでしょうか。この背景を知ることによってコーポレートガバナンスの本質を理解することができます。

不祥事の多発

これまでも経営者を律するための仕組みはありましたが、実際には粉飾決算品質不正の事件は後を絶ちませんでした。したがって、より実効性のある仕組みが必要であるという社会的にニーズが喚起されました

Bankガバナンスの弊害

日本では従来メインバンクが役員や取締役を会社に送りこんだり、会社の株を保有して、経営者を律する役割を果たしていた面がありました。しかし、時代の変遷とともにBankガバナンスが薄れていき、経営者を律する仕組みが失われてしまいました。今回のコーポレートガバナンスコードが公表されるまではガバナンスについて空白の時代があったと言っていいでしょう。

日本企業の利益率の低さ

2014年8月に「伊藤レポート」というレポートが一橋大学の伊藤教授から発表されました。この中で日本企業の利益率が欧米企業と比較すると、極めて低いということが分かりました。また、第二次安倍内閣のもとでも日本企業の利益率の低さが課題として挙がっていました。
この要因の一つとして挙げられているのが、Bankガバナンスが長く続いてきたことです。銀行は会社にお金を貸して、元本に加えて利息を返済してもらうというビジネスモデルですが、このビジネスモデルを満たすためには、会社の利益率は高く維持する必要はありません。むしろ、利益率が高くなることで元本が返済されてしまうと利息がもらえなくなるので、「利益率がそこまで高くなく、利息は払えるが、元本は返せない」という企業が銀行にとっては理想ということになります。このビジネスモデルが日本企業の利益率を引き上げることの阻害要因として指摘されてきました

株価の低迷

バブル崩壊後の20年間は「失われた20年」と言われるように、日本市場の株価の全体値はほとんど上がっていませんでした。これに対して、欧米では株価全体で順調に向上しています。その差については海外投資家が日本市場に投資をしていないからではないかと指摘されてきました。海外投資家に投資してもらえるような魅力的な日本市場を作るために利益率向上を目指した国際標準のガバナンス体制の整備の必要性が訴えられてきました。

年金財政の改善

日本は超高齢化社会と言われており、社会保障費が膨らむという問題を抱えています。前述の株価が低迷すると、年金機構の投資先の一部が株式市場であることから、年金財政は苦しくなります。株価を上げることによって、年金財政を改善したいという意識がありました。

スチュワードシップコードとの関係

スチュワードシップコードとは株主が従うべき原則のことを指します。例えば、株主たる年金基金は年金をしっかりと運用していく必要があります。このスチュワードシップコードとコーポレートガバナンスコードが車の両輪として機能して始めて会社の経営が持続可能になり、年金財政等も改善するという考え方が背景にあります

中小企業が理解しておきたいコーポレートガバナンスコードの内容

それでは実際にコーポレートガバナンスコードの中身について見ていきましょう。基本原則は全部で5つあります。実はこの基本原則の下に補充原則が73個あるので、実務的には73の原則について対応していくことになります。しかし、73の原則は非常に細かいことを言っているので、「木を見て森を見ず」の状態になりがちです。したがって、5つの基本原則をしっかり押さえて「一体何を言いたいのか」「背景は何なのか」を理解することが重要です。ここでは、中小企業に関連する4つの基本原則について解説します。(5つ目の「株主との対話」を省略します)

株主の権利・平等性の確保

内容

上場会社は株主の権利が実質的に確保されるよう適切な対応を行うとともに、株主がその権利を適切に行使することができる環境の整備を行うべきである。また、上場会社は、株主の実質的な平等性を確保すべきである。少数株主や外国人株主については、株主の権利の実質的な確保、権利行使に係る環境や実質的な平等性の確保に課題や懸念が生じやすい面があることから、十分に配慮を行うべきである。

解説

株主の権利がしっかり確保されるような状態を作っておかないと、そもそもその会社の株を買おうと思われません。そもそもコーポレートガバナンスの出発点は「株主」です。株主はリスクを取って、経営者に委託する立場であり、経営者は経営を委託される立場にあります。委託者(株主)と受託者(経営者)の関係からすると、委託者が受託者の経営のパフォーマンスを監視する必要があります。しかしながら、株主の権利や平等性は会社法で規定されていますが、なぜ重ねてコーポレートガバナンスコードで規定するのでしょうか。それが、実際のところ「株主の権利や平等性が確保されているとは言い難いことが実際に起こっている」からに他なりません。経営者には形式的にも実質的にも権限や情報が集まってきますので、その立場を利用して自らの保身や自分自身の利益を優先し、株主の利益を後回しにすることが出来てしまう状況にあります。例えば、取引先に自社株式を保有してもらう政策保有株式やMBO、買収防衛策によって少数株主の利益が害された事例は枚挙に暇がありません。このように一般株主の利益と相反する際にそのような忖度する企業の株式を海外投資家が購入したいかについては疑問符がつくところです。実際に海外投資家は政策保有株式というのに対して強度の嫌悪感を示しています。

株主以外のステークホルダーとの適切な協働

内容

上場会社は、会社の持続的な成長と中長期的な企業価値の創出は、従業員、顧客、取引先、債権者、地域社会をはじめとする様々なステークホルダーによるリソースの提供や貢献の結果であることを十分に認識し、これらのステークホルダーとの適切な協働に努めるべきである。取締役会・経営陣は、これらのステークホルダーの権利・立場や健全な事業活動倫理を尊重する企業文化・風土の醸成に向けてリーダーシップを発揮すべきである。

解説

昔から売り手・買い手・社会の「三方良し」が有名ですが、今の時代は従業員、取引先、債権者を含めて「六方良し」が求められており、そうでなければ会社は持続しないという考え方が基本となっています。また、株主以外の利害関係者で特に経営者を律する重要な役割を担うのは従業員です。実は企業の不祥事発覚の発端の多くは従業員による内部告発です。経営者の日々の行動を最も間近で見ているのは従業員であり、経営者を律するという観点からは従業員は最適な存在となります

適切な情報開示と透明性の確保

内容

上場企業は、会社の財政状態・経営成績等の財務情報や、経営戦略・経営課題、リスクやガバナンスに係る情報等の非財務情報について、法令に基づく開示を適切に行うとともに、法令に基づく開示以外の情報提供にも主体的に取り組むべきである。その際、取締役会は、開示・提供される情報が株主との間で建設的な対話を行う上での基盤となることを踏まえ、そうした情報(とりわけ非財務情報)が、正確で利用者にとって分かりやすく、情報として有用性の高いものとなるようにすべきである。

解説

経営者と株主が受託者と委託者の関係であるというのは先述のとおりですが、両者には情報量に格差があります。したがって、情報開示をしなければ情報の格差は解消されません情報の格差が解消されるほど経営者の考える企業価値と株主の考える企業価値が近似してくるようになります。また、適宜適切な情報開示をすることによって、経営者自身の身を守ることにもなります。特に悪い情報を開示することは躊躇してしまうことですが、悪い情報の開示が遅れてしまうとそれだけ責任を追求されるケースが非常に多いので、情報開示をすることが経営者を守ることにつながります。さらにここでは「非財務情報」の開示を強調しています。財務情報は決算書を見れば分かりますが、投資家が知りたいのは財務情報の裏側にあるストーリー将来の財務情報につながる経営のビジョンや考え方であり、これを「非財務情報」といいます。

取締役会等との責務

内容

上場会社の取締役会は株主に対する受託者責任・説明責任を踏まえ、会社の持続的成長と中長期的な企業価値の向上を促し、収益力・資本効率等の改善を図るべく、
(1)企業戦略の大きな方向性を示すこと
(2)経営陣幹部による適切なリスクテイクを支える環境整備を行うこと
(3)独立した客観的な立場から、経営陣・取締役に対する実効性の高い監督を行うことをはじめとする役割・責務を適切に果たすべきである。

解説

ここで強調されているのは実際のところ経営者を監督できるのは社外役員であるという点です。本来は社内の取締役も監視すべきですが、日本企業では社内取締役は「部下」であることが多いので、部下が社長を監督するのは極めて難しいです。したがって、実質的に社長を監督する役割として社外取締役の役割や数が重視されています。また、経営者が甘くなりがちな経営者自身の人事と報酬を社外の役員を中心とした組織で客観的に判断していくことが求められます。これがコーポレートガバナンスコードの肝でもあります。

まとめ

今回はコーポレートガバナンスの基本について解説しましたが、前述の通り、これらは非上場の中小企業にとっても無縁の話では有りません。日本銀行や金融庁ではデフレ下における中小企業のパフォーマンスの決定要因を社内のガバナンス体制に求める研究も多く発表されており、今後は大企業・上場企業だけではなく、中小企業にもコーポレートガバナンスの強化が要求されると予想されていますしたがって、今のうちからコーポレートガバナンスを理解しておくことが今後の会社経営において重要になるでしょう
また、コーポレートガバナンスは会社の健全な運営よって会社を永続的に発展させるために非常に有効なことは欧米の例から見ても明らかです。自社の経営理念や方針に合うような形でコーポレートガバナンスを強化することによって、企業価値の向上を図りましょう

 

今回はここまで。
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この記事を監修した人

前薗 浩也

中小企業診断士、行政書士、1級ファイナンシャルプランナー技能士(CFP)、経営学修士(MBA)。
日本政策金融公庫で16年間、財務省の上席専門調査員として3年間従事。新規事業の立ち上げ専門コンサルタントとして活動しつつ、自らベンチャー事業を立ち上げ、代表取締役社長として活動している。

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